ともしびのうた

短歌/永遠と一瞬と欲望と星とバナナの話

『塔』掲載歌‐2025年3月号・4月号・5月号

秋の果てに流れる川の透明度 仕事のことを聞かないでくれ

死ぬまでに別の街でも暮らしたい 借りっぱなしの本の箔押し

イヤホンを外す 橋の上は空 アルトパートで覚えたCOSMOS

剥けているくちびるの皮なめながらロープウェイの傾斜の批評

猿の手 わたしがきみを変えていくと契ったらもう戻れないから

折るほどにずれていく紙 月へ行くための技術をきみが教えて

言いたいと言わないを選り分けながらしなやかになる"話す"のマイム

(篠田葉子/『塔』2025年3月号 若葉集 梶原さい子選)

 

けだるさをからだのすみまでさびつかせ氷雨に濡れている鎖樋

キジバトの鳴かなくなったふるさとに買っていく東京の食パン

乗換のままに覚えた上野駅 迷えるうちに迷いたかった

辰年の最後の風が突っ切って高架の駅に響くしずけさ

感情はかさばるばかり 持ち直す手土産のつやつやの紙袋

オートバイにもしも乗れたらサイドカー、みたいにスーツケースと進む

散歩するために散歩をしている日の曇天 電車の音が聞こえる

(篠田葉子/『塔』2025年4月号 新樹集 吉川宏志選)

 

声すべて吸い込んでいく閉架書庫 厳冬のような/あなたのような

もっと速く、言うより速く届けたい手描きでつけていくオノマトペ

しろたえのストームグラスの液体の濁り みんなさびしくないの?

他人のためだけにこころを切り崩すあなたに贈りたいレオ=レオニ

(篠田葉子/『塔』2025年5月号 若葉集 永田和宏選)

 

欠詠をしすぎている。入会後、2024年12月号から誌面に載る予定だったのですが、現状12月号、2月号、6月号、7月号掲載分を欠詠しております。悲しい。

いろいろありましたが退職をしました。現在は有給を消化しつつ、転職に向けて人生設計を見直したり、好きな漫画を全巻揃えたり、仕事で使えるスキルの勉強をしたり、ゲームをしたり、散歩やヨガやピラティスをしたり、久しぶりにTRPGをしたり、短歌の講座に参加したり、8時間寝たりする生活を送っています。
仕事をしていたころよりかなり精神が安定してきました。転職先が決まらないまま無職になりそうなのでその点焦りはありますが、なんとかなってほしいな……なんとかします……。

 

こうして塔の誌面に掲載された歌を眺めていると、当時歌を作っていたときの意図や心情、なんでこの歌の形で完成にしたのかがわからなくなっていることが多くてとても怖いです。いいと思う歌もあるけど、その当時の拙さや雑さにぎょっとする歌もあります。

目が肥えたから、で済ませていいんでしょうか。講座に参加して短歌のことちょっとわかったかも、ちょっとはうまくなったかもと思いますが、遠くまで行けるようになると当然未知の景色が増えるし、いつまで経っても自分のつくるものに自信がないままです。困ったな。

 

短歌がうまくなりたいのはもちろんですが、それ以上に自分のつくる短歌、短歌を生み出す自分自身に自信と責任を持ちたいと思っています。とりあえず今後も歌をつくっていきます。今年もいろんなところに応募したいし、いろんな人に会いにいきたいです。ネットプリントや私家版歌集、文フリの出店など、新しいこともやりたいです。今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

【短歌連作】琥珀に羽

琥珀に羽 / 篠田葉子

ゆらゆらと探られている ゆらゆらと鬼火 ゆらゆら起こる なにかが

 

逃げだしたはずだったのに hypnosis あなたが手招いている路地裏

 

負けたって死なないゲームだとしても戦術を言うきれいな犬歯

 

風切羽は捥ぐもの鳥は落とすもの琥珀に閉じ込めるためのもの

 

まなざしの鋒 (きっさき) で脅されたとき初めて知ったあなたの熱さ

(古舘春一『ハイキュー!!』 孤爪研磨に寄せて)

【短歌連作】リリカル・レオ、地球に帰る

リリカル・レオ、地球に帰る / 篠田葉子

走れなくなってしまった 重力を振り切りたくて月へ来たのに

 

指の間をなんども言葉はすり抜けて宇宙はただの黒につぶれる

 

口ずさむ歌をここでも探してる そんなに面白くない月の裏

 

青がきらい 違う、青がうらやましい 燃えているって証明をぼくも

 

あの星と定めて 生きてる 生きてたい 重力加速度任せに駆ける

 

咆哮に命まるごとふるえるね星が輝きだす大気圏

 

ハローただいまひりつくような不時着で平野を燃やすほうき星だよ

(獅子座同盟12 寄稿作品)

【短歌連作】ぼくたちの創世と芸術

ぼくたちの創世と芸術 / 篠田葉子

国々の滅びに空を引き裂いて龍の その目がすごくよかった

 

・

 

月が来る。白い毛皮のたましいをいちめんの毛布に変えながら

 

聖域 星を降らせていくようにカンバスの絵の具の筆の跡

 

こぼれ落ちた誰かの夢の色として世界の雨にひらく紫陽花

 

ゆっくりと自然言語は広まってももいろの熊のまどろむかたち

 

照らされたものがすべてで 遠すぎて 狼煙のようにレスポールは止まない

 

きみが言えば風吹くみたいひやしんす・ぴあす・ぽらりすゆれるくちびる

 

それが歌うということだろう 羽ばたいてひばりは雪の降り方を知る

 

ひるなかの影は青いね 横顔のまつげにかける光の魔法

 

氷像のこころの位置に手をふれて演じることは透きとおること

 

千年は解かれない謎でいようって手を握ったの 遥か 海鳴り

 

明日何があってもきみは大丈夫。音楽は骨から聴くんだよ

 

きらきらと鍋のなかみの煮えてきて彼女は海の街で暮らした

 

雪原の、しろさに、駆られ、きみに、いま、いとしさでのみ死ねる獣だ

 

・

 

忘れたことも忘れていたらどうやってきみと話をしよう 柚子の木

 

【短歌連作】春、感光

春、感光 / 篠田葉子

救われる。そう決めてからくるしみは花のまま離れるやぶつばき

 

悪役がとても悪役の洋画 君のつよく組まれたその手は祈り?

 

ギターリフをがなりをこころに光らせて解散したバンドを何度でも

 

しずけさがひとのかたちをした人の、墨のにおいのする死後の国

 

現像する前のフィルムを留め置いて家は取り壊される 春だね

 

会話からときどき種は飛んできていつか花園になる言語野

 

はなびらははないかだへとまぎれこみ忘れることもやさしいひかり

『塔』掲載歌-2025年1月号

燻ってる花火を水で消す きっとこの夜が一生光ってる

星団のようなひかりでそれでいてひどく孤独な回転木馬

神様の隻眼みたいゆるやかにこの街をながめる観覧車

豊かなる水、という名でここへ来てわたしの水とまじりゆく梨

既婚者に既婚者の家、だとしても会いたい 霧雨に濡れるほど

全身が秋風につつまれるときかつて忘れた四足歩行

(篠田葉子/『塔』2025年1月号 若葉集 小林信也選)

 

このたび塔短歌会に入会しました。

短歌結社の存在を知った頃から、好きな歌人が在籍している塔に憧れがありました。いざ結社を選ぶタイミングになっても、在籍者が多いこと、入会して一年以内の詠草欄(若葉集)があることなどが決め手でした。詠むことも読むことも量と質を確保し、自分の詠みたいものをよりよく詠めるように力をつけていきたいです。何卒よろしくお願いいたします。

 

とモチベーションこそ高まっていますが、実は9月に入会してから既に2回ほど出詠を落としています。出鼻をくじかれすぎている……。

今年は短歌のいろいろなイベントにも行きたいし、そのためには転職という大きな目標があります。計画と健康を大事にしてやっていきたいですね……。

 

 

受容と肯定、どこまでもゆける春 ~初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』を読む~

こんにちは。歌人の篠田葉子です。

短歌を始めてからたくさんの歌を読んできましたが、評を書くことをずっと怠ってきました。好きな歌集から好きな歌を引いて、評を書いていきたいと思います。一首評から始めて、後々しっかりした歌集評を書けるようになりたいです。よろしくお願いいたします。

今回は初谷むいさんの第一歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』より。

 

電話中につめを切ってる 届くかな 届け わたしのつめを切る音

(春の愛してるスペシャル 1.春はあけぼの ゴミ袋、光をよく吸いよく笑う)

「花は泡」の表紙イラストを思わせる一首。電話の最中に爪を切るという状況からは、電話中に他のことをしていても受け入れられる(咎められない)、ありのままでいられる気楽な関係性にあることを感じるが、一方で主体は「届くかな 届け」と切実だ。

爪を切りたくて切るのではなく、きっと爪を切る音を届けたくて切っている。生きている以上爪は伸びてゆくもので、その音を届けるという行為は既存の愛の言葉にとらわれない意思疎通を目指しているように感じた。

 

同じ連作から好きな歌をもう一首。

カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか

(〃)

風でまるく膨らむカーテンから二次性徴を連想し、そこから「願えば春は永遠なのか」と気がつく。永遠なんてない(というのがわたしの持論だ)が、主体の気づきは歌の空間に、読者の心に、希望を膨らませる春の風となって吹いてくるように明るい。上の句と下の句の間に差し込まれる「あ」が、「願えば春は永遠」と気がついたことに臨場感を補っている。

解説では「あ」の部分について、「周囲にたっぷりと間合いを入れて読みたい」と書かれている。わたしは声に出してこの歌を読むとき、拍子の中でアウフタクトのように「あ」を差し込んでいた。風が吹き渡るだけの空間を拡張もし、気づきに臨場感を与えもする「あ」を使いこなせる力量を強く感じる。

 

どこが好き? 何か有っても無くっても撫でれば同じように鳴くから

(春の愛してるスペシャル 5.ろーるろーるろーる)

何かある場所を撫でても、そうでない場所を撫でても、作中主体は同じように受け入れて鳴く。作中主体のどこを好きでいても、同じように受容し肯定してくれるという深い愛を感じる。

また、「受容と肯定」という視点で、並べて鑑賞したい歌がある。

春を抱く どこに行ってもきみの踏む土は土だよだいじょうぶだよ

(Spring.OS)

これは離れていく「きみ」への歌だ。「きみ」がどこに行っても、その足元は、地盤は恐れるべきものではないと作中主体は証明してくれる。「土は土だよ」に続けて「だいじょうぶだよ」と畳み掛ける、その切実さは強固な証明であり、どうかそうであってくれという祈りのようでもある。

「どこが好き?」はここにいる「きみ」を、非常に近い距離から「きみ」を受容し肯定している歌、「春を抱く」はどれだけ遠くに行ってしまっても、その行き先が知れなくても「きみ」を受容し肯定してくれる歌になっている。

初谷むいの歌が心にあれば、わたしたちは今ここにいても、ここからどこへ行こうと無敵だ。そんな気がしてしまう。

 

月面のようなえくぼだ夜の駅好きって言ったら届くだろうか

(月の反射で見てた)

一読して、構成がすてきだ、と思った。月面のようなえくぼが見えている。えくぼが見える程度に近くにいる二人、という距離感があり、比喩として「月面」という単語が出てくる程度に相手に遠さを感じている作中主体、という距離感がある。

初句と二句で二人の描写をして、ここで意識はいっとき夜の駅に移る。一日を過ごして、これから各々の路線で帰宅する間際なのか、それとも電車を降りて各々の自宅を目指すのか。まだ明るい構内にいるのか、街灯の灯る出口付近にいるのか。どちらも想像できるこの三句目は、狭間だ。初句・二句と四句・結句とを繋いでいるパーツであり、絶妙な距離感の二人が存在している境界だ。

そして、繋ぎのパーツを挟んだ四句・結句において、作中主体は二人の境界を飛び越えようとしている。「好きって言ったら届くだろうか」。純粋で、切実で、今にも溢れ出しそうだ。けれど主体は、きっと今まで伝えたことは無かったし、今伝えたとしても「届くだろうか」という不安がある。関係性が変化する、変化しそうな一瞬の危うさや美しさが胸に迫る一首だ。

 

切実とは、対象への誠実さやひたむきさから立ちのぼる様子だと思っているし、初谷むいの歌の切実さは、深い需要と肯定からきているのだと思う。この歌集を読むたび、忘れていたいつかの記憶がどんどん引き出されて、それらがただ思い出すよりずっと鮮やかになっているのは、彼女の歌の力だ。どこを撫でてもどこに行っても、受け入れ、肯定して返してくれる。だからわたしは、わたしたちは、この歌集を携えてどこへでも行ける。